Thursday, April 05, 2018

『チャックより愛をこめて』


黒柳徹子が綴る、1年間のニューヨーク滞在記。

本棚からひさびさに取り出して、読んで、なんていい本なんだろうって胸がいっぱいになってしまった!まず和田誠の装幀。テキストを上下2段に組んで、上段を空白にしたり写真を挿入したり、そのリズミカルでドラマチックなこと!イワタ明朝のクラシカルな文字組みと相まって、丁寧でありがならのびのびとした黒柳徹子の文章「らしさ」が最高にいきてる・・・!


あわせて、掲載の写真たちのチョイス!なんていうか、ひねくれ具合?たくさんの枚数のなかから、永六輔と一緒に選んだみたいだけど、そのときのふたりの、ヒヒヒっていうたのしそうで意地悪な笑い声が、今にも聞こえてきそう。







そう、意地悪!

「ウインド」の項目の、ニューヨークの街を「風のように」疾走する黒柳徹子3連写の、意地悪なおかしさったら!

橋本治が「黒柳徹子が意地悪に見えないのは、語数が多い上に丁寧な言葉遣いを超早口でしゃべるから(気づかないの)だ」みたいなことを書いてたのを思い出した。そしてあらためて文章を読んで、なるほど確かにめちゃくちゃ意地悪だ!って思って、興奮した。

この、意地悪というのは、クレバーという意味もあり、そして、自分はどうしようもなくただの個人でしかないって(痛いくらいに)知っているということです。

そんで

こうして本っていう物になるってことを考えちゃって!

というのも、わたしはいくつか紙の束を作って出しているけど、実はあんまりその「フィジカル性」(?)について、なんにも知らなかった!と思って。つまり、別に、アウトプット出来たら、編集できたら、何でもよかったくらいにしか思ってなかったねって。

でも、違った!

何十年も、こうして触れるモノとして残る(いつの間にか消えてしまったりしない、はずである)こと、素材の隅々にまでクリエイティブの(より自由な)意志が宿ること、物質という「有限」でありながら、でもデジタルの「無限」よりも遠くまで行けること、そんなことを最近、まじで、最近、「知った」のでした。

そんなわけで、ほんとに今さらですけど、本のことがますます気になっています。

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