Wednesday, August 21, 2019

20190821

「おい、もうあしたにせえや」

秀句だ。

これは、図書館の書架から適当に引っこ抜いて借りてきた、田辺聖子『男と女は、ぼちぼち』にあった実際のエピソードで、中学生女子同士のいざこざを見かねて、同級生の男子がつかつかつかと歩み寄ってかけた言葉だそう。

けんかでオーバーヒートしきっている人間は、とりあえずクールダウンさせたほうがいいというとっさの判断から出た、機知に富んだ、やさしさのこもった発言だと思う。

田辺聖子曰く「われわれ三文小説家ではちょっと考えられないといいますか、女の子には考えられない」というのは、そうかもわからんなあと思って、阪急電車の中で読みながら、えらく感じ入ってしまった。男らしいとか(女らしいとか)そういうことは、もうやめにしたいのは山々だけど、お茶の水女子大学が女子大として存在しているように、やっぱり未だに、まぎれもなく、どうしようもなく目の前に転がっている。

そもそも男の子というのは、「明日に向って撃て!」じゃないけれど、時間を、明日どころかあさっての方向に投げたり、転がしてみるようなところがある気がする。

そしてそれを目撃するたびに、女のわたしは、低く垂れ込めていた雲がサアーッと晴れて、スカッと抜ける青空を発見する思いになるようなことが、今までの人生で何度もあった。女子として、男子に絶望することと同じくらい、男子の「もうあしたにせえや」的な言動で胸に風を吹かせてもらったことが、山ほどあったのだ。

一方、女の子はというと、わたしがそうだっただけなのかもしれないけれど、いつも瞬間瞬間を刻み込んでいるような、常に何かをカウントダウンするような、そんな時間感覚を生きている気がする。

田辺聖子に言わせてみればそれは、「だって女の人は子どもを育てますね。」「女の人はそういうところへ絶えず追い込まれている感じがします。巣づくり、子育てというのは、みんな焦眉の急のことばっかりで、それに比べますと、男の人は実にのん気な気がいたしますね。」というのだけど、これは1973年当時の話で、今となっては子どもを産まない女性、育てない女性というのも多い。それに、子どもを育てた経験のある「女の子」というのは、ちょっと珍しい存在だ。

それでも、多くの女の子は常に何かをカウントダウンするような時間を生きている。

なぜか?

わたしはこれが子どもの頃からとても不思議で、いろいろ考えてきたのだけど、ひとつには、女性の生殖能力にタイムリミットがあること、加えて、それについてまわる社会規範が、わたしたちの意識の隅々まで行き渡っているからじゃないかと思っている。30歳までに結婚して、できれば35歳までに第一子を産んで…という人生の物語は、やっぱり未だにメインストリームにあるし、実際、生物学の方面からも(今はまだ)超えがたい事情がどうしてもある。

あまりにも大きく、圧倒的な目標を前にして、多くの凡人に選べる方法は、心を閉ざしてすべてを諦めるか、もしくは、それをなんとか達成する為、真面目にひとつひとつあらゆる努力を尽くすよりほかにない気がする。

だから、田辺聖子の言葉を借りるなら「女の人は非常に律儀で、まじめで、小心で、男の人の物差しになるようなところがございます」なのかもしれない。

とここまで考えて一旦電車の車内を見渡し、もうひとつ、大きな理由を見つけた。

それは、女という性が、「見られる」性としてあった(、今でもある)ことだ。

女性にとって、(外見を)観察され、それについて他者から何かを語られることは、ごく日常的な体験で、場合によっては点数や値段までつけられてきた。「観察者の数は自分に向けられた銃口の数」という例え話を聞いたことがあるけれど、銃口を常にたくさん向けられた状態で、ものごとを「あしたにする」という発想は、なかなか出にくいように思う。

しかしここでひとつ疑問が湧いて浮かんだ。

そうはいっても、男のひとだって、「見られる」じゃないか?

ここでまた、1973年の田辺聖子の言葉を借りてみるとする。

「女の人のそういうふうな世界は、男の人に反映しますから、日本人の社会全体が…みんな焦眉の急とか、せっぱ詰まったとか、ぎりぎりいっぱいとか、そういう生き方になってしまいますね。」

ただ、これでは理由の説明が不十分だ。

ここに勝手に、わたしの2019年8月現在の仮説を付け足そう。

「みんな焦眉の急とか、せっぱ詰まったとか、ぎりぎりいっぱいとか、そういう生き方になってしま」ったのは、男のひとも、「見られる」ようになったからじゃないか?

1970年代なら、酒場の片隅で、女の容姿を肴に酒を飲んで騒いで、それでおしまいだったかもしれない。だけど今はそういうわけにいかない。インスタグラムで女の子の自撮りにつけた「いいね」は誰からも見えるし、そういうお前のルックスはどうなんだと、タグ付けされた写真をチェックされれば、(鍵アカでもないかぎり)お腹のでっぱりまでわかってしまうかもしれない。コメントやDMで、一挙手一投足に対して攻撃される可能性もある。一方的に女の方を向いていた銃口は、「情報化」の波において、見る側にも向けられるようになった。

もちろんこれは例え話だし、理由のひとつに過ぎないのはわかっているけれど、それでも、とても大きな理由のひとつだと思う。

そんなわけで、時間をあさっての方向に転がして遊び、「おい、もうあしたにせえや」と言って、けんかの仲裁に入るような人物は、今やもう、女でなくともずいぶん少ないのかもしれない。

でも、これは果たして寂しい話かしら?とも思う。

「焦眉の急」を女性にまかせきりにして、男性だけ明日に逃げるのではなく、何かいい方法を、男性女性、雁首揃えてみんなで一生懸命考えて手を動かし、さっさと解決したら、それで生まれた余裕でもって、みんなでのんびりしたらいいじゃないか?観察者として互いに向けあった銃口を下げる知恵を絞り、生殖機能のタイムリミット的な生物学的難題を、文化科学や政治も交えてロングスパンで考えてみるというのは、今を生きる人間の「楽しみ」ではないか?

だなんて、馬鹿真面目な女のたわ言だろうか。

まるで、賽の河原で石を積むような家事労働から、戦後、女性が急速に「解放された」のは、それが正しいから、というよりも、そこに消費が発生しうるから、という部分が大きい。そして、あっという間に生活そのものが情報産業化し、わたしたちはまた違う鎖に繋がれてしまった。また、男性が「見られる」存在になったのも、見られる存在に仕立て上げることで、新しい消費が発生するからだ。悲観的に考えれば、男女同権というものは、理念をもって進んできたというよりは、単に消費欲を刺激する形で、無作為に膨らんできただけかもしれない。

だけど、こうも思う。

男性として育った人間による、たくさんの「焦眉の急」をくぐりぬけたからこその、深くてちょっと辛い人生の知恵があっても、知性的で素敵なのではないか?女性として成長した大人による、明日やあさってどころか、100年後に向かって「時間」をぶん投げるような夢も、ロマンチックで豊かなことではないか?男性とも女性とも切り分けられない、名前もつけられないような知性や夢がまだあるのではないか?

性差も味噌もクソもすべて混じり合って、まとめてみんな地獄に落ちていく、みたいな今だからこそ出現し得る、こんな光も、わたしはこの目で見てみたいのだ。

ちなみに、この章のタイトルは"「やさしみ」と「ユーモア」"とつけられていて、またしても文中の言葉をひっぱってきて、この「やさしみ」について説明してもらうと

「私は現代に当てはめた場合の「もののあわれ」というのは、人生のほんのちょっとしたことにちょっと微笑むとか、笑わせられるとか、人生ってなかなかいいもんだ、生きていると、ひょっとしたらいいことがあるかもしれないと、みんなが一縷の希望を抱きながら生きていく―――そういうふうなものが「やさしみ」であり、「もののあわれ」であり、そいういうものを見つけていく能力というものが「教養」というものではないですかね。」

とある。

男でも女でも(そのどちらでもなくても)なんでもいい。

「おい、もうあしたにせえや」みたいな、やさしくておもしろくて(=ユーモラスで)朗らかな、そんなものを、できるだけたくさん拾い集めて生きたいと思うのだ。

Friday, August 16, 2019

20190816

結局、郡上&白鳥おどりに行く予定は、台風直撃でなくなってしまい、夏休みは本当に何もせずに終わってしまった。

ん?

違うなあ。

ここは、何もしない、という予定を目一杯満喫した、と言いたいところだ。

西日が差し始めた寝室で、ベッドの上に丸まって本を読みながら、そのままスヤスヤ昼寝に突入したり、気まぐれの暇つぶしに起こされて連れ戻された居間で、テレビで甲子園を見ているだけなのに、気が入りすぎてへとへとになったり、夕食がてら大好きな傅七すしに行って、その帰りにカラオケに行って2時間だけ歌い散らしたり、ひさびさに水餃子を捏ねて、皮の厚さに「こりゃ餃子というより"うどん饅頭"やな」と言って茹でたてを噛みながら吹き出してしまったり、あとは、紙類の整理や床のワックスがけもしたし、文字組みやなんかの作業も好きなだけできた。世の中を憂うのにも忙しかった。もちろん、夜中の散歩もやったし、台風のなか車でドライブにも連れ出された。毎夜毎夜、朝まで起きて、テレビに映るフィラーを見てから「おやすみやす」を言った。家からほとんど出なかった。

昼から朝までずっとふたりきり一緒に過ごして、大学生の恋人同士みたいやな、とも思うし、老夫婦みたいやな、とも思う。永遠にこれが続くみたいな顔をしながら、今日で地球が終わるみたいな切実な気持ちで、毎日のんびりしていた。

たのしかった。

えらい贅沢に過ごしたな、と思います。

Thursday, August 15, 2019

20190815

最近のごはんたち。


これは鱧そうめん。

「鱧そうめん」という衝撃の食べ物は、松葉のメニューではじめて知った。これはそれをちょっと豪華バージョンにしてみたもの。と言っても、普通のそうめんに鱧の落としと薬味(刻み大葉とみょうが、すだちと梅肉)を浮かべただけだけど。しかしこれがすこぶるおいしいので侮れない。買ってきた氷で冷やすと、さらに涼やかで贅沢な気持ちになれる。めずらしく、どこに出しても恥ずかしくない料理。

でもこれも、嫌いなひとなどいないだろうという意味で、どこにでも出せる料理。


とうもろこしとポークビッツのかき揚げ。

7月末になると蒜山の祖母がスイートコーンを送ってくれて、それで作ることにしている。普通のソーセージでもいいけど、ポークビッツを輪切りにしたのを使うと、とうもろこしの粒と大きさが揃って、見た目の点でも食べやすさの点でも具合が良い。まったく知性のいらない味がする。


ミニトマトで作る、スパゲッティ・ポモドーロ。

義母からまた、畑で採れたからと大きなボウルに山盛りのミニトマトをもらって使いみちに困っていたのを、インスタストーリーの質問機能でアイデアを募って、教えてもらった。

これを少し参考にして作ったら、にんにくも使わないのにパンチのある旨味が際立って、おいしかった。でもさすがにミニトマトをこんだけ入れると、噛むのに顎が少し疲れる。おいしいけど顎が疲れるなあ、と思って、食べながらなんか笑ってしまった。

こういうインターネットが好きだなあと思うのは、もう前時代的なんだろうか。


同じく義母のミニトマトで作った、冷製出汁浸し。

湯剥きを夫に手伝ってもらったら、こういうのは得意なんだとうれしそうにやっていて、意外だった。晩酌のアテにちょうどいい。手間がかかるし、休みじゃないとできないけど。

しかしこうして見ると、今年の夏は鱧の話ばかりしている。

Wednesday, August 14, 2019

20190814


アンプリチュードのコンスピキュアス チークスの秋の新色、08 ディープローズに興奮している。

その最も際立つ良さをひとつ挙げるなら、この色味からは想像もできないくらいの透明感だろうけれど、それも、数年前のチークを席巻した「血色感」とは全く違うシアーさ、あくまでも、装いとしての透明度が高い仕上がりが、全力で新しい。

みたいなことを、タッチアップしてもらった自分の顔を鏡で見ながら朗々と述べてしまい、美容部員さんに苦笑いされてしまった。

もちろん買った。

この秋のメイクで、いちばんホットなトレンドと言えば、「くすみ感」じゃないかと思う。各社秋の新商品として、黒やグレーの、アイシャドーやリップなど、パーツをあえて「くすませる」アイテムを投入し、少し影があって意志の強そうな女性のビジュアルを打ち出している。アンニュイなニュアンスに転ばないのが、今、この時代、という感じだ。そしてそんなモードを、頬からも叶えられるアイテムというのは、いろいろ探したけど、これしかなかった。それは、思っていたよりもずっと素敵で、ずっと高級なものになってしまったけど。

という、読み上げると早口になってしまうような情報を、半年前なら、(その情熱を抑えられないことを恥ずかしく思いながらも)ごく当たり前みたいにツイッターのタイムラインに流していただろう。

だけど、もうしないと思う。

ひとつには、「消費」すること自体に対して、もうモードじゃないなあという心境になってきたというのがある。これは年齢のせいかもしれないし、時勢の影響もあるかもしれない。

消費行動を公開することは、私生活をソーシャルに相対化することと相性が良い。

これまでだって、そういうこととはある程度距離を取ってきたつもりではあったけれど、ひたすら毎日加速していく世界を横目で見ていたら、いい加減、どうにもうんざりしてきた。今はとにかく、「消費」自体と少しでも多く距離を置きたいという気持ちが強い。

それに、消費を煽るようなことを少しもしたくないと思うようになってきた。

こんなにも広告や資本に暴力的に支配された「社会」で、何かを消費することは、自分から縄をかけられに行くようなものじゃないか?ただでさえ、プライドの確立と消費がどうしようもなく癒着してしまっているなかで、これは、現状を更に複雑化させ、支配の構造の正体を、より見えなくさせることになるんじゃないか?そんな愚かしいことを焚きつけたくないし、加担もしたくない。

そんなことを考えたりする。

しかし、だからと言って、お金と引き換えに手に入るささやかな可能性に、夢を見ずにいられない。

新しいチークを買ってから、毎日お化粧がたのしいよ。

Monday, August 12, 2019

20190812

毎年のことながら、「墓参りいくよ!」と叩き起こされて、義家へ。

義家に着くと、テレビは甲子園の中継中だった。

2回戦、第3試合。智弁学園と八戸学院光星との試合は、6回表で智弁学園が八戸光星に大量リードを許し、6点差。茶の間はすっかり、こりゃかわいそうに、というムードになり、それぞれに、墓参りの準備をはじめていた。

しかしその裏、智弁学園がどんどん追い上げる。

1点返し2点返し、3点、4点…5・6・7点……墓参りの準備もそこそこに、みんなでテレビにかじりついた。画面に大写しになる智弁学園の選手たちは、なぜか皆、揃って「古風」と言いたくなるような面構えで、なんとなく、『あれよ星屑』の登場人物がだぶって見える。『あれよ星屑』は、日中戦争の帝国陸軍〜戦後直後が舞台の漫画で、そういえば、ちょうど去年の今ごろは、全巻をむさぼるように読んでいたなあというのを思い出した。

風向きを変え、打点をもたらす数々のラッキーな展開に、思わず脳裏に「神風」の言葉が浮かぶ。いや、神風特攻隊は太平洋戦争の海軍の話なのだけど…と意識をテレビに戻すと、智弁学園の選手たちが、奇跡の逆点に、歓喜の雄叫びをあげていた。

中国大陸で、「討伐」により「成果」を上げた兵隊たちも、こんな顔をして自らを祝ったのだろうか。

なぜか、不謹慎にも、こんなことを考えてしまった。

大学時代の夏休み、どういういきさつかだったか詳しくは忘れたけど、帰省するたび、高校の野球部の男子たちとよく飲みに出かけていた。話題は、進学先での生活や、そこでの恋愛の話からはじまり、終盤になると、野球部での思い出話タイムになだれ込むのが恒例で、そうなると、わたしは聞き役に徹するしかない。

「監督さん」の無茶苦茶な指導法や、先輩からの理不尽な仕打ち…その、絵に描いたような前時代的な内容にわたしは驚き、うんざりするとともに、それを語る野球部たちの、うっとりしてやたら誇らしげな顔つきに、とても不思議な思いがしたものだった。

しかしこれには、なんとなく既視感があった。

おじいちゃんの、戦友との思い出話だ。

亡くなった祖父は大正10年生まれで、太平洋戦争で招集されフィリピンに送られ、帰ってきた。「南方の激戦」というのは有名な通りで、息を引き取る間際には、常に戦地での悪夢にうなされ、幼心にかわいそうなほどだった。

しかし、かつてそんな祖父の元に同じ部隊だった戦友が訪ねて来たとき、その会話というのは、壮絶な臨死体験を共にしたとは思えないほどに、皆の顔がいきいきしていて、空気中には、「何か」が、キラキラとほとばしって見えた。

戦争とは怖いものだと聞いていたけど、くぐり抜けたひとにはこんな楽しみをよこすのかあ、小学生のわたしは、妙に感心してしまって、人間という生き物について、少し考えこんでみたりしたのだった。

なんとなく、甲子園を見ていると、考えることが戦争につながってしまう。

時期的なものだろうか。

ところで、

戦時中並に前時代的な練習を重ねていた、当時の野球部はちっとも出場が叶わなかった甲子園だけど、今年、出身高校が出場した。20年以上ぶりのことだった。あれこれ報道を読むと、とても現代的な考え方の監督さんらしく、個人的にはそれがとてもうれしい。よく一緒に酒を飲んだ野球部の男子たちは、こういうときどんな思いだろうかと考えたりする。

残念ながら、もうすでに1回戦で負けてしまったけれど。

Sunday, August 11, 2019

20190811

念願の夏休みに入って、昨日からずっと組版をしている。ゆうべは朝まで。今日は一日じゅう。

組版というのは、デザインラフに従って文字や写真を「組んで」いく作業のことで、一般的にはAdobeのInDesignというソフトを使うことが多い。

新しい読み物を、年明けまでに2冊出したいと思ってる。

もちろん、企画も編集もデザインも執筆も、ぜんぶ自分でやるわけで、わたしの場合、デザインラフと言っても、「指示書」として実在するわけではない。頭にぼんやりあるイメージから直接、手を動かしてデータに落とし込んでいくような作業になる。

こういうときわたしは、ほんとうに寝食忘れてやってしまうので、今日の夕方ごろには夫によって、「組版妖怪 クミハ〜ン」という名前がつけられてしまった。

家じゅうをMacBookとともに移動しまくり、ときにはダイニングテーブルの上、椅子にウンコ座りをしながら、ときにはベッドの上、対角線上に斜めになってうつ伏せでタイプしながら、丸まったり、ひっくり返ったり、そんな感じでやっている。

それにしても、こうして全力「作る」モードにシフトレバーを入れてみて、「何かを作る」というのは、これは、ものすごく恥ずかしいことだなというのを、久々に思い出した。

書体を選び、文字サイズ、行送りなどを調整し、写真を割り付ける。それだけでも、今までの人生で、何をどれくらい、どのように見てきたかが、克明にわかってしまう。

便器に絞り出したうんちをしげしげと見つめて、ゴマの粒が残っているのを発見し、ああ、昨夜のおひたしにはゴマを振りかけたなあ、そんなことを思い出すような感じで、出来上がったラフを撫でることになる。

特にこういう、効率とは無関係にわがまま放題込めて作るものなら、なおのこと。

ツイッターばっかり見てないで、もっと大きなスケールで、美しくて優しいものを見なくちゃだめだあ

そう思った。

かと言って、わたしのツイッターは世間で言うほど荒んでいなくて、とても美しく優しいもので出来ているのだけど。

しかし、それはそれでどうなのか?それこそ分断で視野狭窄なのではないか?

とか、

いろいろな線引のやり方を、このあたりでもう一度考えないとなあ、と思ったりもしている。

Saturday, August 10, 2019

20190810

夏休みだ!

夏休みのこと、指折り数えて待ちわびていたから、なんとか辿り着くことができて、ほんとうにうれしい。

今年は、8月11日から16日まで6連休。大企業は9連休という話も聞くけれど、役所や銀行やなんかは営業しているわけだし、ありがたいなあと思う。

予定は、15~16日で郡上&白鳥おどりに行く以外、真っ白。

うれしい。

寝室で、クーラーの冷気とシーツに絡まって本を読んだり、居間で、椅子にあぐらをかいて文章を書いたり、夕方、「ごはん何にしよ?食べ行く~?」とか言って飲みに出かけたり、もしくは、手の混んだ料理を作ってみたり、夜中、あてのない散歩に出かけたり、朝日を見てから眠りについたり、したい。

何もしない、という予定がいっぱいある。

たのしみ。

Saturday, August 03, 2019

20190803

クーラーの効いた部屋の布団の中で、原田治の『ぼくの美術帖』を読んでいると、へなへなと、全身に込めていた力が抜けるような感じになる。

シェルターみたいな本やなあ。

ここには、「許された」美、愛、言葉しかない。

原田治という、とびきりの審美眼によって許された、玉のような美しさ、切実な愛、正しい言葉しか存在しない頁、頁、頁。しかもそれが、「許された」組版、「許された」レイアウトで間違いなく並んでいるものだから、あまりに整いすぎていて、迫力さえ感じる。ただの安楽御殿じゃないという感じが、ものすごくする。

「陽の当たる大通り」という響きが泣けるくらいに明るくハッピーなのは、その裏に、陽の当たらない場所や時間がたくさんあるからで、それと同じように、『ぼくの美術帖』の欄外には、ちっとも「許せない」ものたちが、ごまんと、山のように積み上がっているはずに違いない。そう思ってしまうくらい、原田治の語り口はシャープで無邪気で雄弁で、そのあまりに犀利で豊かな表現に触れるたびに、安心すると同時に、許せないものの存在を感じてとても切ない気持ちになる。

そう、許せないことばっかりだ。

みたいなことを病院の待合室で考えていたら、そのあと入った診察室で医者から、話の流れで、「あれぇ?本当の病名伝えてなかったっけ?」と訊かれた。「本当の病名」なんてドラマチックな言葉が自分の人生に登場したのにもびっくりしたし、そのあとに続いた「本当の病名」にも尚びっくりした。

「まあ言うたら発達障害ですわ。おそらくASDとADHDの併発。軽度のね。」

寝耳に水とはこのこと(これ言ってみたかった)。頻発する幻聴と幻覚から、統合が失調しがちだと診断されたのは9年前時点の話で、そこからいろいろわかってきて、明らかに発達障害と言い切れるところまで、わたしの症状の解析は済んでいたとのこと。かといって、処方する薬も変わらないので、そのままにしていたらしい。とりあえず、それを聞いてわたしも、「へえ〜そうなんですかあ〜」とかいう呑気な返事を返して、その日は診察室をあとにした。

しかし帰りの電車の中で、「発達障害 症状」を検索したら、出るわ出るわ、心当たりの嵐。

「やらかした」ときの空気の感触、叱咤、罵倒。「わからない」ことの無力感、手に負えなさ、自責の念。胸の奥に降り積もった記憶の澱に手を突っ込むと、それは確かに今もまだ存在していた。そしてそのどれもが、薬を飲むまでに至った不調と、関係がないとはとても思えなかった。

これまでに、発達障害とかアスペルガーというもののことはもちろん知ってはいたけど、ときどき冗談の引き合いに出されるたびに、あまりにも軽く扱われすぎているような気がして、敢えて身の近くに置くことは控えていた。

ああ、わたし発達障害やったんかあ。

『トットてれび』第1話のオーディションシーンを思い出してみて、今でも涙が出てくるのは、飯沢先生のありがたいお言葉よりも、満島ひかりが必死に抑えたバルーンスカートの膨らみだったし、「直します。個性もひっこめます」と嘆願する声だった。それは間違いなく、共感からくるものだった。

ASDの特徴で、「独自のこだわりに強くとらわれるために社会生活が困難になりやすい」というものがあるらしい。

そら、許せないものばっかりのはずやな。

納得がいった。

原田治がどうかというのは関係なく、とにかく、納得がいった。

でも、わたしが発達障害やったら、もっと他にもいるやろ、と、ちょっとだけ、いや、けっこう思ったりする。障害って、社会って、いったいなんなんだ。

暮らしにくい世の中だ、と思って、やっぱりどうしても、納得がいかない。

Thursday, August 01, 2019

20190801

「何か重いものを持ち上げるとき、実際に痛みはなくとも、腰痛のことがなんとなく頭をよぎるうちは、腰は、少なくとも万全ではないのだ。」みたいなことを山下達郎がラジオで言っていことがあった。

それと同じようなことに、最近自分で気づいた。

「飲んでいる薬の効果と副作用を、なんとなくインターネットで調べはじめたら、調子は、すでにまあまあ悪くなっているのだ。」

何年も毎日飲んでいる薬について、もうかれこれ1週間くらい調べ続けてしまっている。

最初は、ほんの少しの「気になる」であっても、その時点ですでに、不調の入り口に立っていて、もうそこからは、円錐型に巻かれた紙を、ボールが螺旋状に下に転がっていくみたいに、不調の底に落ちていくしかない。

PME(premenstrual exacerbation)=(基礎疾患の)月経前増悪(精神科やその他の領域の基礎疾患が月経前に特に悪化すること)かなと思ったけど、それともちょっとちがうような気がしてきた。仕事の面では、お盆前進行以前に、ほとんど週休1日。加えて、長期的に対応しなければならない課題は山盛りで、考えただけで胃のあたりがぎゅっと詰まってくるような気がする。それにこの暑さでは、具合が悪くなるのも仕方がないかもしれない。ちょうど去年の今頃は、突発性難聴に悩んでいた。

常用の薬の効き目を確かめたい、ちゃんと効いているんだ、という確信が欲しい、と思って効果を検索しているのに、磁石で引き寄せられるように、どうしても症状側に反応してしまう。良くない。

でも、わかっているのに、やめられない。

「ノ」で始まる名前の薬の、「効果と副作用」備考欄には、こう書いてあった。

「まずは、がんばらないで休養することが第一です。脳の疲れがとれてくれば、自然に治ってきます。」

しかし休養するにも、その前に、脳が疲れることをしなければいけない。

会社のどういう制度をどういうふうに使って早退、休みを取るか、また、上司にはどう伝えるか、カツカツのスケジュールをどうやってやりくりするか。すべてこの頭で考えなくてはいけない。断片化したストレージでいっぱいいっぱいになった、残り少ない脳のメモリで、一生懸命はじき出さなくてはいけないのであった。

はやく夏休みにならないかなあ。せめて2日でもいい。連休が欲しい。

Tuesday, July 30, 2019

20190730

毎日暑い。あんなにみずみずしく鮮やかだった夏の「イメージ」は、梅雨明け以降すっかり退色してしまった。

「夏、もう飽きたわ。」

すでにそんなため息ばかりついている。ああ、夏ってこんな感じやったなあ。あーあ、暑いなあ。汗でベタベタするなあ。

最近は、リリース以来ずっとFNCYを聴いてる。


オトナやなあ、オトナやわ。

それも、広告が作り上げた商業主義の「オトナ像」じゃなくて、血を流し、汗水垂らし、時間をかけて獲得したオトナの実力って感じだ。誰も蔑まない、誰も排除しない、余裕と気骨とブルースで彩られたオトナの音楽だと思って、惚れ惚れする。

そんで

G.RINAさんのこういうトラック、なんか久しぶりだなと思って、その流れで、MASHED PIECES #2も聴いてる。


エッ!?リリースから9年!?!?

宇多田ヒカルのFirst Loveから20年と言われても何も驚かないけど、G.RINAのMASHED PIECES #2から9年というのには、腰抜かすくらい驚いてしまった。9年かあ。

9年前の夏は、これを聴きながら毎日毎日、二条城のお堀のまわりを歩いていた。二条城のお堀がだいたい1周2キロで、それを何周も何周も、毎日8キロとか10キロとか歩いていた。しかも、ひとりで。

今、親しくしている人とは、ほとんど誰ともまだ知り合っていなかったし、今、ソーシャルで持たれているであろう印象に関係するものも、何ひとつとして手に入れていなかった。何も「制作」していなかったし、何も「発信」していなかった。ただただ毎日心身ともに不安定で、それが先天性の脳内物質のアンバランスさからくることも、それを薬で寛解できることも、さらには寛解という言葉さえも、まだ知らなかった。

わたしが「普通の暮らし」が出来ているのは、ドーパミンを抑える薬を飲んでいるからなのだ、と言うと、みんな、めちゃくちゃびっくりする。

「それでも!?」「ソーナンス!これでやっと!」「まじかあ!(爆笑)」

と、こういう話をすると、「わかるひと」にはわたしの病名がわかってしまうのだろうけど、まあ、そういうことです。

ときどき、ひょっとして今のわたしっていうのは、まるで相米慎二の映画みたいに、「先行した死」の上に生きているのかもしれないなあと思ったりする。

今現在暮らしている毎日のこの時間は、もしかして、こないだ寒梅館で観た『東京上空いらっしゃいませ』の牧瀬里穂みたいに、一度目の死と二度目の死の間の時間なのかもしれない、って。

もう何度やったかわからないナントカ未遂で、実は、ついに、ほんとうに一度死んでしまって、それを、コオロギの鶴瓶みたいなやつにナントカしてもらって、それで、こうして、食べたり飲んだり、喜んだり怒ったり、悲しくなったり寂しがったり、しているのかもしれない。

だからこそ(上映後のレクチャーで廣瀬純が言っていたところの金麦の広告の檀れいみたいに、)、大声を出し、大げさに手を振り、地面を踏みしめ、今を「ずんどこ」、ちからいっぱい生きているのかもしれない。

そんなことを思ったりする。

「帰る場所があるのが奇跡みたいだよ」